静岡県を走る鉄道路線の紹介。会社別に表示します。


●駿遠急行

通称「駿急(すんきゅう)」。

もともとは静岡・清水市内を走っていた路面電車及び袋井〜藤枝間を走っていた静岡電気鉄道と、

浜松地区を運行していた遠州電気鉄道、

そして藤枝〜島田、掛川〜袋井間に高速軌道路線(インターバン)を走らせていた東遠電気軌道などの私鉄が、

戦時統合で合併して出来た大手私鉄である。

かつては三俣線・大手線・奥山線などといった軽便鉄道を保有していたが、

戦後になってから路線の改修を行い、軽便規格の路線は1979年の奥山線改軌を最後に姿を消してしまった。

 

なお2009年んの「富士山静岡空港」の開港にあわせて空港アクセス路線の建設も進んでおり、

更なる発展が期待される。

 

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●駿急浜名湖モノレール

通称「駿急モノレール」。会社名の「駿急」の名からわかる通り、駿遠急行の子会社である。

1960年に開業した「浜名湖パルパル」、その10年後に開園した「はままつフラワーパーク」などと駿急奥山線とを接続する目的で1972年に開業した。名鉄モノレールや東京モノレールと同様、「日立アルウェグ方式」にて開業している。

その後沿線人口増加に伴い複線化・車輌大型化を行なっており、単なる観光路線としてだけでなく通勤の足としても活躍している。

なお、駿急の停車駅案内図にはこの路線も掲載されている。

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●東駿鉄道

通称「東鉄(とうてつ)」、あるいは「東鉄電車」と呼ばれる。

静岡の中心部と富士地区で開通した路面電車が発祥で、その2路線を結ぶ高速路線が開通すると瞬く間に客足が増えていった。

県内2番目の規模を誇る大手私鉄。全路線が複線である。

 

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清水臨海鉄道

もとは国鉄の清水港線という路線であったが、

地域の工業化に伴って臨海鉄道化が1975年に行なわれた。

これにあたり、清水港北部の袖師埠頭近辺にも線路を伸ばすこととなり、

貨物・旅客兼業で運営を開始している。全線単線非電化。

 

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●志太鉄道

通称「志太鉄(しだてつ)」と呼ばれる。

本来は、「静岡砂利」という建材会社が1953年に開通させた砂利採取用の路線であり、おもに安倍川の砂利を採取するための貨物線として機能していた。

一方で、駿豆鉄道が丸子・宇津ノ谷地区の観光開発、

および丸子川流域の木材輸送を目的に静岡丸子〜宇津ノ谷〜藤枝間の路線を建設した。

 1955年に静岡砂利が西武系列の「復興社」に組み込まれ、これに関連して静岡砂利線は西武鉄道の路線となり、1957年には丸子から延びてきた丸子線が静岡市街へ乗り入れたことにより両線が接続されることとなった。

翌年に西武鉄道・西武建設・駿豆鉄道が出資しあって志太鉄道が成立した。

1967年に安倍川の砂利採取が禁止され、安倍川砂利線は存続の危機を迎えるが、この頃の静岡市内は静岡駅から北に延びる鉄道はあっても南に延びる鉄道がなく不便だとの声が高くなっており、旅客線化することで決着した。

1987年に丸子線は「志太線」、安倍線は「登呂線」と名称を変更した。

現在も西武鉄道及び伊豆箱根鉄道の系列化にあり、西武鉄道からの譲渡車で運行されている。

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●JR安倍川線(静岡〜牛妻間)

もともとは安倍鉄道と呼ばれる軽便鉄道であり、貨物輸送や地元住民の足として親しまれた。

が、やがて自動車が普及するようになると、輸送力が乏しい軽便鉄道では不利となり、

地元の有志を募り軌間1067mmの普通鉄道として改組した。

 

1931年に静岡駅に接続を果たすも、戦時中に国鉄がこの鉄道を買収して安倍川線となった。

その後はキハ04などといった旧型気動車が走っていたが、

JR化後の1990年に待望の電化が完成し現在にいたる。

通常は211系および313系2両編成による区間輸送が行なわれているが、

朝夕のラッシュ時は沼津方面への直通電車も設定され通学客などで賑わいを見せる。

 

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